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Fly High!! ~ 彼らのStory ~

バレーボール男子応援ブログ

■夢をこの手につかむまで その5

第5戦
崖っぷちのオーストラリア戦。


最後まで見るのが一番つらい、試合だった。
途中で、もう、諦めていいよと心の声が飛びだしそうだった。


怪我で出れなくなった柳田くんの分も頑張ろうと石川くんは思ったのかもしれない。
でも、イラン戦の後半ぐらいからなんとなく、足がもたつくいやな感じがしてて、このままではやばいんじゃないかという予感があった。
でも、まだリオへの可能性の残っているこの状態で、彼をベンチに下げるという判断は監督にはできなかったのだろう。


バレーボールの試合を見ているのに、私はフィギュアの中国杯のことを思い出していた。


羽生結弦が怪我の瞬間も、包帯を頭に巻いて、リンクに飛び出していく姿も目の前で見ていた。
アスリートはああいう場面でも、自分から自分の居場所を簡単に放棄はしない。
私は6分間練習をリンクサイドで見ながら、「今日はもう、やめよう」と声がでちゃったりもしたけど、彼は必死でその日の自分にできる演技を探してジャンプの変更、スピンの変更など、その場で、プログラムを練り直して演技に挑んできた。

あの、鬼気迫る演技は私の記憶に一生残り続けるだろう。

素晴らしい演技は昨シーズンもたくさんあったし、これからもまだ見せてもらえるだろうけれど、あんな演技は二度と見れないと思ったし、それでいいと思っていた。

その状況をテレビがどう伝えたのか、私は現地に行っていたから分からない。
私は「馬鹿だわ、コイツ」ってどこかで思っていた。
彼の選手生命を削るのかもしれないという漠然とした不安もそこにはあった。
けれど、彼の今までの選択を知っていたから、不思議はなかったし、所詮、観客席に座ったファンがどれだけやきもきしたって、選択は変わらないのだ、という覚悟を教えられた気がしていた。


まさか、このOQTで同じような気持ちにさせられるとは。


笑顔がさわやかな石川くんだったけれど、試合を追うごとに、表情は厳しくなる。
ワールドカップの時は、バレーを楽しんでいるように見えたけど、今回は鬼気迫るというか、気迫をまとう感じになってきたな、と感じていた。

石川くんがジャンプから着地した時に崩れ落ちた姿を見て、私は息を飲んだ。
エースとして攻め込まれながらも、必死でボールを取り、点を積み重ねていた。
攻めたサーブでのミスはあったけれども、数字を見ても、彼がこのチームを引っ張ろうとしていたことは明白だった。

研ぎ澄まされた刃のように鋭い視線。
彼には前しかもう見えてないんだろうな、という感じだった。

床に崩れ落ちた彼を見てもう、足が持たないんじゃないかとどこかで確信していた。
メンバーチェンジでベンチに下がった彼が処置して戻ってきたとき、手にメンバーチェンジのためのカードを握りしめていたのを見たときは、息が止まるかと思うくらい驚いた。

「ああ、この子も、か」と。

いいことだなんて、まったく思わないし、それが美談だなんて思いもしない。
若干20歳が自分の選手生命をかけるシーンなのか?と大人は思う。
だけど、戦いきると決めてるんだな、という強い意志が体から、目から溢れだしていた。

ああ、男の子だな、と。

誰かが舞台から引きずりおろすまで降りてこない。
身体が思いのほか、言うことをきかなかったことで、彼は諦めるしかなかったのだろうけれど。
もし、我慢が出来て、動いてしまったら、やりきってしまったのだろう、とふと。

でも、この日、私の心を揺さぶったのは柳田くんの覚悟だった。
石川くんがコートから去って、彼が戻ってくる姿なんてまったく想像になかったから。

「ああ、この子もなのね」ですよ、もう。


ピンチサーバで出てきたときからオーラがね、もう、恐ろしかった。
俺がなんとかする、って思ったのかもしれないね。
次のセットからコートに戻ってきた彼を見て、私ね、泣きそうだったんだよ。


もう、頑張らなくていい、って。思った。
覚悟が伝わる戦い方だった。

私たち、ファンにとってはOQTが終わって、彼らがオリンピックにいけなくなったとしても、何らかの喪失感はあるかもしれないけれど、私たちの人生を変えたりはしない。

(何日かは眠れなかったり、食事がのどを通らないかもしれないけど)

でも、彼らにとってこの舞台は二度とやってこないかもしれない、彼らの人生のかかった場所なんだよね。
失敗したから、怪我したから、苦しいから、と言って逃げられない場所。
そして負けたら、大きな、大きなものを失うことは本人たちが一番、分かっていたはず。
「コートの上が人生そのもの」なんだろうな、と私は納得するしかなかった。

人生そのものを簡単に放りだせる人はそうはいない。


なんとかセットを取って、望みをつないで欲しいと思う反面。
早くこの試合が終わって欲しいという矛盾した二つの気持ちと葛藤していた。
リオへの切符が断たれた瞬間。
ものすごく残念な気持ちと、終わってくれたという安堵感が混じった複雑な思いだった。

日本がチームを作り上げていく上で、戦略的に負けていたということをこの試合が痛感させてくれた。
石川くん、柳田くんがベンチに下がることができないチームだったんだと。
ほかにもたくさん選手はいたのに。

使えなかったのか、使わなかったのかは私にはわからない。
監督の意図がどこにあったのかも分からない。

だけど、選手の努力とは関係ないところでも、歯車が上手く回ってないことはイラン戦も含めて、見え隠れしていてた。
強い相手に向かっていくのに歯車がかみ合わなければ、勝ちぬくことは厳しい。
あと、2戦、このチームはどう戦うのだろうかと、コートサイドで動けなくなっている選手の映像を見ながらぼんやりと考えていた。

勝った理由が分からないことがあっても、負けにはちゃんと理由があると言っていた人がいた。今の私にはそれは分からない。
そう、まだ戦略的なことを語ったり、本質に近づけるほど、バレーボールを知らないなと分かっている。


これから、もっともっと、知りたいと思っていた。

 

つづく